しがない感想置き場

特撮番組とかアニメなどの感想を投稿します。

ロボット110番①

中々視聴の機会に恵まれなかった「ロボット110番」がYouTubeにて配信開始。

2年半近く続いた前番組の「ロボコン」と比べると、あまりにも弩マイナーな印象が拭えない打ち切り作品なのですが、果たしてその内容や如何に。

 

第1話 「太陽のガンちゃん」

なんとなく、「打ち切り」の理由が分かった気がする第1話。

ガンちゃんのキャラ自体は良いんだけど、哀しいかな、色んな要素がロボコンと比べるとどうにもパンチに欠けるなあって印象。お仕置きとして「パンチ」は打ってるけど、そういう意味じゃなくて

由利徹の町田巡査程と比べてしまうと、谷村昌彦扮する南田巡査はどうも華に乏しいし、有能を自負するケイ君も、自慢の追跡装置があんまり役に立っていないポンコツ気味で不出来な主役と対比されるエリート役としての存在感も中途半端だし、着ぐるみキャラも3体と少ない割にはしょぼっちさが否めない上にキャラクターの個性の発揮も今一つと、前作の良いとこ取りをしようとしてその再現度が低く、はたまた差別化を試みた結果、美点を削ぎ落すのみで独自の魅力として完成しなかったアレな2作目感がそこかしこに迸っています。

中村家の子供達の影の薄さも問題だよなあ。主役のガンちゃんを好いてこそいるけど、とりわけ強固な関係をアピールしているわけでもないんだよな。「ロボコン」だとマココやシシムのように、番組のメインターゲット層と近しい年恰好の子供が主役の親友的な立ち位置の子供達が主要人物として登場し、彼を励まし彼の助けを求める等して、「ダメな主役ロボットだけど、けして不要な存在ではない」という印象を形作るのに貢献してきた訳ですが、「110番」の場合はそういった補助役と呼べる人物の存在感に欠ける為、ガンちゃんの奮闘っぷりも、対象不在のどこか空疎なものに映ってしまうというのは、けして小さくはない失点かも。

極めつけは「バッテンパンチ」なるあのパワハラだよなあ。仕事で失敗した社員には上司の鉄拳制裁が待っているって、今の時代じゃなくても十分アウトなアイデアだよね。「ロボコン」でもロボコンの人間への振る舞い方がその回毎に「点数」として判定され、大抵が100点か0点かのどちらかでしたが、採点者のガンツが彼の熱意と功労を認めて褒める一方で、過程で生じた被害を重んじて減点するというように、ありのままのロボコンの姿を捉えた上で、極力客観性を保った評価をしようという意思が少なからず感じられたものですが、ガンちゃんの場合は一方的に赤字を働いたことのみを責められ、殴り飛ばされて終わりなので、一面だけを見て評価が下される不公平さが印象づいてどうも後味が悪い所。ロボコンのように失うものが無い状態で何かを得ようと頑張る様は前向きなものを感じるけど、ガンちゃんはへまをしたら殴られるという、あからさまに脅しの部分が強調されて、その活動もこちらが応援したくなるというよりも、息苦しさを感じてしまうようなものになっているというのはきついよなあ。大人目線でこれなら、子供目線なら結構恐怖を感じる所だと思うけど。0点とって叱られるのと、ぶん殴られるのとじゃ話が違う訳だしね。

主役が意図せず行ってしまった物の破壊等、減点だけじゃ埋め合わせが効かない失態にどう向き合うのかという視点から来る制裁措置なのかもしれませんが、内輪で懲らしめて完結してし、それも被害を被った人たちへの謝意ではなく「会社に赤字を与えた」ことへの制裁と言う自分本位の理由付けだからなあ。「ロボコン」みたいにストレートに「人間への奉仕の重要性」と「ターゲットの就学児にも分かりやすい点数式表現」というアピールポイントを丸々導入しなかったのはオリジナリティへの拘りとはいえ、子供に馴染みが薄い営利企業の手前勝手な都合の下、主人公が制裁されるというのは、イメージし辛い上にドライなものを感じて親しみにくいというか。それも味と言えば味ですが、美味いかどうかと問われるとなあ。

 

第2話「天使のような誘拐魔」

ゲストの子供に「主役の親友ポジション」を奪われる中村姉弟予告でもゲストを指して「僕ちんにもやっと友達が出来たんだ!」とか言う始末だし、立つ瀬がないですね。

それでも、子供との交友のおかげで主役の奮闘が映えるというのは大きくて、第1話と比べたら十二分に鑑賞に耐え得る内容だったと思います。中盤のすれ違いコントめいたやりとりも楽しかったですし。

ただ、バッテンパンチはどうにも慣れないなあ。前回と同じく功労の部分は明言されず、一方的に赤字のみを言上げされてボコられ、仕置き役のチーフのロビー風味の無機質なデザインも相まって冷血なブラック上司以上の印象が無いというね。ガンツどころかウルトラセブン」のユートムの方が人間味を感じるレベル。少なくともあっちは同族を攻撃したりしなかったからね。

 

第3話「散歩する美術作品」

パイロットでのバッテンパンチの描写の方向性に、スタッフも流石に危機感を覚えたのか、ガンちゃんが芸術家の為に働いた分が「利益」としてチーフの口(何処だよ)から言及される等、血も涙もない設定の中でなんとかして人の心を表現しようと言う工夫の跡が見られました。

お話は石像を巡って作者の夢野先生とガンちゃんが右往左往するだけで、夢野先生の信用問題が調査に躍り出たケイ君を身内のガンちゃんが説得すれば済む話としか思えず、それを守ろうと本物の石像を運んで奔走するガンちゃんの奮闘努力が忙しないだけに映ってしまったのは残念。

 

第4話「一円玉のバッテンパンチ」

前作でマココを演じた子役さんがゲストとして登場。ただでさえ影の薄い中村姉弟が、いよいよ霧消せんという勢い(;^_^A

第2話と同じく、ゲストの子供の為に頑張るガンちゃんの奮闘が光る王道回。ゲストの子供の孤独への焦点の当て方は第2話のと比べると若干弱い印象はありますが、第2話同様に子供を助けたことを全く考慮に入れずパンチをぶちこむチーフのお仕置きを受けて、パールちゃんが「ガンちゃんは皆の役に立っている」とフォローをすることで、ガンちゃんの頑張りが多少なりとも報われるまとめ方になっているのは、前回に続いて不備だらけの様式をなんとか成立させようというスタッフの心遣いを感じさせます。

ひろがるスカイ!プリキュア 第1話

知らない内に「デパプリ」が終わり、新シリーズが始まっていました。「ドンブラ」のお供にはなれなかったのだ。

 

今度は「ヒープリ」でサブで参加していた金月龍之介氏がシリーズ構成を担当しているようです。「鬼太郎」も「ヒープリ」も、氏の担当回はどれもイマイチだった覚えがあるのですが、代表作の「フタコイオルタナティブ」は(ギャグと設定のしょーもなさと中盤のgdりっぷりはともかく)人物描写の丁寧さと、布石の撒いた拾ったの器用さは少なからず好印象だったので、近年の作品のようなあからさまなクルクルパーっぷりは薄くなるんじゃないかと思います。

 

SDは小川さん。「6期鬼太郎」の人ですね。

「6期鬼太郎」はこれの裏で書いてる人の脚本なんかは好きだったけど、他は「シャカイハネタ」に全振りして、シナリオそのものの技で魅せよう楽しませようって意識が欠けたような話が多くて、総合的には「イマイチ」なんですよね。

社会の闇や理不尽さに焦点を当てるのは水木漫画のお家芸といえばそうだけど、「6期」みたいに「世の中って残酷ですねえ怖いですねえ(ニチャァ)」するイヤラシさや「もっとちゃんとしなきゃダメじゃないか」的な説教臭さではなく、「バカバカしい世の中だからなるたけ肩の力抜きましょうや」って位の余裕と達観を保っているからこそ、エンタメとして完成していた訳で、結局シリアスだって「ユーモア」が無いととんとつまらなくなるよねと。

 

で、第1話なんですが、やっぱりその手の不安の方が大きい出来だなあという印象です。

ソラちゃんがヒーロー志望として身体を張って巨悪に立ち向かい、金ペチと後藤ひとりを混ぜ込んだようなキャラデザの相棒がそれを見て何かを感じると言う、良くも悪くも王道的な導入ですが、これ見よがしにボロボロになったり立ち上がってみたり「ヒーローになる」と連呼してみたりと、クドイ具合にヒーローキャラを押し付ける一方で、反面その動機となるものが一切描かれないので、感情移入して見入るというよりは、作劇のあざとさだけが印象づいてドン引きしたというのがホントの所です。敵のオナラの臭気に気を取られて赤ちゃんを奪い返される失態を見せる場面も、未熟さの表現と呼ぶには、前のめりで挑み続けるタフガール像とのギャップを広めてしまった感じで、バランスを欠いてる気がしますし。

 

同じく一応ヒーロー志望つながりだと、直近では桃谷ジロウなんかが記憶に新しいですが、あいつは一応「内なる声」なる素っ頓狂なものに突き動かされて体を鍛え、ヒーローとして村の人達に別れを告げるなどし、脳人相手に投石し、挙句使えない仲間達を処刑しようとする一面をさらっと描くことで、行動にコミカルさとアホらしさを伴わせつつも「気は狂っているしお近づきには絶対なりたくないけど、こいつはこいつなりにヒーロー目指してるんだなあ」というのが素直に伝わって、クルクルパーなりにすんなりと受け入れることが出来たんですよね。勿論、893印のトンチキキャラを再現しろというのは極論すぎますが、せめてこの子ならではの何かというのを見せた上で、作劇が一歩引いた形で描写を進めないと、作り手や物語の主張の部分だけが乖離して迫ってくる感じで、説教臭さが抜けなくて困ると言うか。

 

早くも「6期鬼太郎」の二の舞になりそうな予感がプンプンしますが、男の娘プリキュアもこれから出てくるんだと思うと、エンタメとして楽しませようというよりは、シャカイハ気取ってマンセーされたいという作り手のエゴのみが前面に出てきそうな予感がしクッソ不安です。

 

追伸

赤ちゃん妖精については可愛かったと思います。マスコットだけは今年も外れがなさそうですね。女児アニメとしてそこをキープしているのは素直に好印象です。

暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン47話

ドン47話「ドンノーかいぎ」

 

裏切り脳人の誰とも縁を紡げなかった猿原。その甲斐あってか、(私怨の有無はともかく)客観的な立ち位置で裏切り脳人の戦隊への加入に対して、ノーを突き付けるポジションを獲得できたのは救いだったと思います。

消去された人々を解放したは事実ですし、ソノシ達脳人体制派のように露骨な人間虐待もせず、むしろその命を救ってきた実績もあるとはいえ、ヒトツ鬼になったという一点で人々を平然と消去し、ドンブラザーズとも敵対してきた全く異なる価値観を抱いていた存在をすぐに受け入れると言うのは、座りが悪いわけですからね。

 

裏切り脳人達はもう我を剥き出しにしています。最初からそうだったソノニソノザは勿論、ついぞ前々回まで脳人としての在り方に拘っていたソノイまで、図々しさ全開で迫っています。脳人として裏切り者認定され、ヒトツ鬼達も逃がしてしまっただけに、「ドンブラザーズに入ってやり直すより他ない」という切迫感もありそうですが、どうも「誠意」を強調して自分達の要求を通そうとする、清廉潔白なんて程遠い人間臭さ全開の振る舞いです。

 

犬塚のポイントネタ、一応回収されるんだね良かった良かった。

猿も鬼も代償がすぐに解消されたので、今回もタロウ効果でなんとかなりそうな気もしますが、やはり狭山さん関連で何かあるのかなあ。

それにしても、ムラサメはどうなるんだ?中の人はプリキュアに出るみたいだけど、獣人村の一件では一言も発していなかったし、滅茶苦茶影が薄いです。ジロウとの因縁も消えかかってる感じ?

 

タロウと陣。言葉は交わさずとも、好みを把握しせっせとお茶の用意をするタロウが健気。正直成人後のタロウと陣の交流をここまで引っ張るとは思いませんでした。そして、こんなにあっさり描かれるとも全く思っていませんでした。良くも悪くも、予想が全く当たらないなあこの作品。

 

雉野はヒトツ鬼になったことを全く反省せず、「みほちゃんが見つかるまで4回5回でもヒトツ鬼になってやる」と開き直る始末。今回の元邪鬼の人が電撃鬼になった件もそうですが、「ヒトツ鬼を素体の人間事消す」という脳人側の「正義」を補強する展開が続き、ヒトツ鬼変身歴があるおでん屋と交流を重ね、その欲望の源泉たる料理に対してあれこれと世話をした挙句、消したヒトツ鬼達を再び世に解き放ったソノイの脳人としての欠格者っぷりも余計に際立ちます。ギャグみたいな経緯で生まれたヒトツ鬼相手にピンチに陥ると言う色々な意味で衝撃的な展開となりましたが、誕生経緯はギャグでも、ドンブラザーズの活動方針である「ヒトツ鬼は倒すけど素体は救う」路線が仇になった展開とも言え(他の素体に取りついていた可能性があったにせよ)、それは脳人の裏切り行為の「愚かさ」にも直結することでと、展開に相応の筋が通っているのは好印象です。

 

みほの正体をつきつけられ、自身が信じていた嫁さん像が崩れて落胆する雉野を笑うはるかとソノザの人の心が絶賛炭化中ですが、それは漫画脳なのか感情初心者故なのか。

あれだけ執着しておいて(いたからこそでもあるんだけど)イメージと違うみほを受け入れられない雉野の「身勝手」は確かに酷いですし(犬塚との対比?)、視聴者目線では因果応報の形として腑には堕ちるのですが、ソノザはともかくはるかがそれを笑い飛ばすようなキャラ造形で通っていたかというと違う筈で、描写のセンスを疑う所。

正直脚本ベースではなく、現場で改変があったものだと疑っているのですが、オーディオコメンタリー版でその辺について詳しく触れてるみたいですね。TTFC会員じゃないから、直接チェックは出来ないんだけど。

 

鬼退治戦隊に「オニ」の戦士がいる理由についてツッコミが入ったのは良かったと思いますが、ここも諸田さんの追加案だったみたいですね。良くも悪くもだなあ。

てか、このセリフが無かったら陣さんの役割がお茶飲んで帰るだけの人になっちゃうからね。

暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン46話

ドン46話「なつみのよのゆめ」

 

みほちゃん死亡。結局、雉野に向けていた愛は、夏美が抱いていた「夢」を再現したものでしかなかったのか。雉野と犬塚の男心を弄び(タロウ談)、夏美の人生を横取りしと、身勝手に振舞っていた彼女が、猫獣人の勝手気ままと言うよりは良く分からない敵愾心から命を狙われ、死に至るというのは因果応報と言えば因果応報。最も彼女自身、人間を知ることに満足していたようでしたが。ただの人形に出ていった妻の幻を見出し、その愛を求めて彷徨う、手が届かぬと知りながら、足元の水面に映った遠くの星の像を見つめて心を慰める、哀しく愚かな旦那を遺して逝ってしまいましたとさ。

 

こうして最後まで掴みどころのない存在だったみほちゃんですが、旦那である雉野はそんな訳の分からない存在の為に人の道を踏み外し欲に溺れたりと、散々な男です。裏切り者として扱われ、帰る場所を失ったソノイ達の「誠意」という形で救われただけで、そこにみほの関与が一切ないというのも、因果応報の構図としては迫力に欠けるだけ更生の切っ掛けにもなり切れずと、今後彼がどうなってしまうのか良くも悪くも全く予測がつきません。

 

ペンギン獣人は素体の人格をコピーして理性的に振舞うものの、本人の目的意識よりも森の守り人としての使命が優先されるのかな。森に行こうとした犬塚とジロウを変身して諫めたり、人間の命を大切にする趣旨の発言をしつつ、森の中に囚われた人々を寺崎含め助ける素振りを見せなかったりと、ドン王家としての使命ではなく獣人の長としての役目が優先されるというか。

 

森の中でゴールドアバターチェンジしてカリスマ演説をかますタロウ。獣人もビビってシュンとしちゃいましたが、そらなら最初から人間界に居るなりすまし獣人達にぶちかましてやれば良かった気もするけど、まあゴールドアバターチェンジできるようになったのは最近と言えば最近だしなあ。

 

前回葛藤しつつも脳人の使命に生きる姿を見せながら、ソノシの処刑宣告を受けてドンブラザーズと手を組もうとするソノイ。ヒトツ鬼を散々消去してきた過去から人間(脳人の裏切り者)としても生きられない一方で、人間に寄り添った振る舞いを重ねたことで脳人としても欠格者である中途半端な自分の立ち位置をソノイが自覚したということなのか。「ソノシが進言したせい」と言いつつ、自分達が人間を愛し、ソノニ処刑の掟すら守れなかったりと、脳人の使命なんて大それたことを語れる資格が無いことは自覚済みであったはずなので、第3者からの落伍者判定に少なからず思う所があったのでしょうね。良くも悪くも今のソノイはブレブレです。

そんな彼の葛藤を幾何か和らげる便利アイテムである「許しの輪」が超絶ぽっと出アイテムというのは、良くも悪くも893先生風味。反ヒトツ鬼素体派の現体制からしたら、そんなものは即刻破棄以外の何物でもない筈なので、人間大好き派のドン王家の人がそれを秘密裏に開発し、獣人の森に隠し持っていたというのは、さもありなんなのであってもおかしくはないアイテムではありますが・・・。

とにもかくにも、掟を破るどころか自らヒトツ鬼まで解放してしまったので、いよいよ脳人としては完全落伍者になってしまいました。激走鬼みたく、逃げた人達がまた鬼になる可能性大ですし・・・。

 

猿原の脳人への条件提示は全うなんだけど、私怨も混ざってそうだなあ。ソノニにアプローチをかけ続けて邪険に扱われてきた上に、仲間まで彼らの同族に消されてしまった以上、すんなり仲間として受け入れたくはないだろうしね。

タロウだったらなんだかんだで共闘を許してくれそうですが、なんやかんやで一般人の猿原としては昨日まで悪事を働いた輩を受け入れて良い物なのかという戸惑いもありそうですし、その辺を今その場にいないタロウの存在を持ち出して、脳人に突き付けたのかも。タロウが居たら猿原の意見は聞き入れてもらえないかもしれないし。

 

結局椎名ナオキの漫画にあった「冷蔵庫から森に行けます」はなんだったのだろう。森は危険だから出入りはぼかしたとしても、結局漫画をヒントとして提供した理由が分からないし。出入り口までパクるのは作家として許せなかったとかそういう話なのかなあ。てかそれだって「怪物くん」のパクリなんですが。

 

※2023/01/30追伸

今気付いたけど、タロウの「聞け!獣人共!」の命令演説って、前回の命令を拒んだ犬塚への「~したらどうだ?」の譲歩の態度と対比になってたのね。譲れない部分については頑なな態度を崩さず、一方で独善に陥らないバランス感覚を併せ持つタロウの多面性を表現するという、細かいながらも粋な描写だったと思います。ゴールドンモモタロウのフィギュアーツには、是非タロウ(樋口氏)のヘッドパーツもつけてくれないかなあ(出る前提で物言うな)。

暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン45話

ドン45話「カカむらガガむら」

 

「キングオージャのお披露目回」みたいな体で、公式が本話をようつべで無料公開してるのに、肝心のキングオージャはいなくても話が成立する霞よりも軽い扱いなの流石に笑っちゃうなあ。

後個人的な好みもありますけど、ドンオニタイジン程のヒットはしないんじゃないかなあアレ。ドンオニはシリアスなシルエットを保ちながら「ここがポイント!」という分かりやすい目印みたいなものが外観に配置されていて(例えば胸の金色の装甲とか)、且つカラーリングも青赤黄色諸々と色とりどりで、往年のDX超合金的なテイストを取り戻してくれた王道DXロボ玩具として成立していたのが大きかったと思っているのですが、対するキングオージャは、シルエット自体の崩れこそないものの、モールド過多なデザイン故に印象を掴みにくく、色も赤主体で他が目立たない為、どちらかというとリアルロボット系の路線のロボって感じで、プラモとしてはアリかもしれないけど、完成済みトイとして会心の出来って感じはないんだよなあ。

 

ついでに言うと、巨大ロボ×昆虫って合いそうで合わないんじゃないかって印象あるんだよな。昆虫って「小さい」ってイメージが先行するし、仮面ライダーみたいに等身大のヒーローがモチーフにしてどつき合うとかならイメージが沸くんだけど、デカブツとして力いっぱいぶつかり合うっていうのは、なんとなくポイントを外している気もするんだよな。

ライオンとかティラノサウルスみたいに、人間が生身で挑んだらぐちゃぐちゃにされそうなイメージがあるからこそ、動物だとか恐竜なんかはデカくて強いスーパーメカ・ロボのモチーフたりうるわけで、どんなにひ弱でもカブトムシに力比べで負ける人間なんてそうそう居てたまるかって話だし。

 

前置きが長くなったけど、「ドンブラ」の感想。

 

ジロウペンギンの獣人説は外れだった模様。折り紙は寺崎さん(ペンギンの獣人)が、遊びの一環で教えただけっぽいですね。

ジロウを獣人のコピー元にして、彼をコピーした獣人を獣人の森の見張りの跡継ぎにしようとしていたみたいですが、ジロウに何もかも教える前にコピーを始めようとしていたように見えるのは気のせい?寺崎さん獣人も「不可殺の者になりたかったから獣人になった」と、さも寺崎さん自身が獣人に変質したと言わんばかりの口ぶりでしたし、ペンギンの獣人の人格については何故が一杯です。

 

寺崎さんについては、14話・39話の2話しか出番が無かっただけに、いきなり物語の核心に近い所に立たされて、ちょっと反応に困る扱い。この辺は少し視聴者の裏をかこうとして、今一つな感じになったような。予想外の事をやろうとして脱線スレスレになるのは「ドンブラ」の傾向ではありますが、今回は流石に車輪がレールから外れてしまったような。

 

ペンギンの獣人については全く訳が分かりませんし、寺崎さん周りの描写もあまり巧くいっている気はしないのですが、タロウと犬塚の掛け合いは楽しかったです。他のお供は正体がバレて以降はタロウ×お供4人みたくセットでタロウと関わっていたのが、犬塚は正体がバレたと思ったら即二人で行動という厚遇っぷり。その関係性も他のお供と違って、お供扱いするタロウに口の効き方を矯正させてみたり、気に入らなかったら暴力で以てねじ伏せようとする姿が中々新鮮に映ります。それでいてタロウがちょっと言い方を変えただけで、素直に従ってしまう可愛らしさも発揮するのも素晴らしいです。タロウを神格視したりコンプレックスを抱いたりしていないだけあって、タロウと対等の立場であり続けようとする彼の戦隊のメンバーとしてのスタンスが、ド終盤の今になってようやく発揮されるというのも、この戦隊らしさ爆発です。

 

タロウは「やるべきことが分かればそれでいい」という、6話以来のスタンスで行動し、ドン王家の者としての責務の為、ジロウの代わりに見張りを引き受けようとします。何物にも思い入れを持たないが為に、仕事であろうと使命であろうと、公的な役割に躊躇いなく身を捧げ、また他者に幸せを運ぶ者であり同時にドンブラザーズの主として、ジロウを獣人化することは許せなかったということでしょうね。

 

ソノイはドンブラザーズに敗北したことを認めつつも、故に自らの「過ち」の重さに耐えきれず、ドンブラザーズと戦う「使命」に殉じますが、彼としては本気で戦うというよりは、脳人の戦士としてドンブラザーズに殺されたかったということかもしれませんね。

 

みほちゃんが居なくなった雉野。みほを獣人と言い切るタロウに対して「大嫌いだ」と喚いたり、街中で捜索ビラとは名ばかりの怪文書を大量に張って泣きわめいたりと、どんどん幼児退行していきます。年下の者から呼び捨てにされることを嫌っていた彼ですが、結局これではそういう扱いになっても仕方がないよねと思わせるシナリオが巧み。

ヒトツ鬼になった彼を消去したのが帰ってきたソノシと愉快な仲間達というのも良かったです。使命を忘れた脳人達の前で、「こうやってやるんだよ!」と言わんばかりに「手本」を見せ、またその相手が欲望のまま他者の命を奪おうとした雉野つよしその人というのも、物語の積み重ねの効果も効いて存在感がぐんと跳ね上がったのではないかと思います。王道的な手法ですが、大事な所です。

仮面ライダーギーツ 第13話・第14話

HDDの容量を圧迫していてイカンので、溜めていた「ギーツ」の消化を始めました。

久々に観たけど、改めてBGMは過去の佐橋サウンドの中でもトップクラスに好きっす。

 

第13話。ベルトが怪人に取られて変身出来ねえどうするどうするどうする君ならどうするからの、怪人をボコして奪いますは、良くも悪くも凄くギーツらしさ全開の展開。「ベルトを奪われたらただの一般人」とかいう台詞を挟んだ上でのこの展開ってのもアホらしさ満点なら、取っ組み合ってるのがただのバイトの大学生と動画配信のお嬢様ってのが、これまたアホポイント大量獲得に貢献しています。

ノルマとしてゲーム要素を用意するけど、あくまでもハリボテって感じの扱いが溜まらなくトホホ。「ドンブラ」みたいに登場人物の面白さでアピール出来てる作品でもないだけに、どこを見てほしいのか全く分からないです。

 

パンクジャックが「ドライバーを手に入れる方法、あるよ」と道長に対して意味ありげに持ち掛けたかと思ったら、実際は怪人が落としたベルトをギーツより先に拾っただけ。というしょーもなさ爆発の展開も見過ごせません。椅子取りゲーム=早いもの勝ちの本質に則ったとはいえ、ライダーと生身の人間でまともに取り合ったら、確実に生身の人間の方が瞬発力で劣るでしょうし、そういうハンデを乗り越えるような「策」がある訳でもなく、ただギーツよりも偶然先に拾えた次元の話というのが、どうも我々の発想を飛び越えすぎていていかんです。もう少し一般人にも分かりやすい作風を心がけて欲しいです・・・。

 

 

第14話。ツッコミどころ満載の行動をとる英寿とパンクジャックのアホコンビ。M-1で勝ち残るには、どっちもボケ担当なのであと一人常識人が必要な気ももしますが、それに相当する人材が一人もいねえのがこの作品の業の深さ。

 

英寿がスターになったのは「お母さんに気づいてもらう為」らしいです。なるほど、SNSやら動画サイトやらを通じて、ファンがキャーキャー言うシーンはウザい程挿入されていましたが、英寿のママンってウン千歳とかイってるんだよね?インスタとかツイッターとかようつべ(死語)とか縁遠そうな、俗世間から隔離された人って印象が強いし、だからこそずっと会えないでいるんだよね?ゲームマスターと家族になってもロクすっぽ情報を引きだせていない現状を考えても、英寿の狙いって普通に的外れ全開って感じなんだけど、それでいいのかおまえさん。

今回にしたって「わざとドライバーを奪わせて負け犬になったことで、パンクジャックに接近して情報を引き出した」とか言ってましたが、パンクジャックが全てを話したのは、彼が運営の都合で切り捨てられたことで、同じく運営の都合で願いを却下されたギーツと自分を重ねたからで、ベルトを道長に拾わせたのは関係ない気がするんだけどなあ。パンクジャックが運営から見放されたのは、あくまでもたまたま起こったことで、英寿がそうなることを根拠を持って見越していたとは思えないし、上述のようにベルトの有無でパンクジャックの心を開いたようには見えないしなあ。なんというか、頭良さげなキャラを作ろうとして脚本のキャパがパンクしてるよーな。パンクジャックだけに。

 

パンクジャックもバカというか、記憶を消されたくないという一心だけで、ベルトで変身して強くなった怪人相手に生身で特攻するとかよくわからないんだよな。普通にゲームオーバーじゃダメだったの?記憶消されるとは言っても、グランプリ関連のことだけでしょ?ボコボコにされて半殺し下手したら死の憂き目に遭うよりは全然マシだと思うけど、何がしたいのかよく分からん。

ギーツを追い落とすのが自分の使命とか言いながら、普通にデザイアカードを渡されているのも謎なんだよな。一面では一般参加者と変わらない訳でしょ。普通なら音楽の夢とかも書くだけ書いてみるみたいな発想に至ると思うんだけどなあ。ギーツの一言で昔の夢を思い出して奮起していたようだけど、それだけにボードに願いを書かなかったのが気になると言うか。要素として「欲望」を扱う作品なだけに、人の心らしきものを演出しようと頑張ってはいるんだろうけど、そういう作風に強い作家さんとは思えないのがなあ。

暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン44話

ドン44話「しろバレ、くろバレ」

 

「人間の欠陥を塗り潰そうとする虚飾」と言って無意味なものと切り捨てたソノイが、自らの手で風景をキャンバスに描くことに成功。

心を通わせたタロウを「卑怯な」手で倒したことを許せず復活させ、ヒトツ鬼になったおでん屋とも交流を続けてきた、使命や目的を果たしきれない彼の弱さ故でしょうか。

目的や使命の為なら他者の人生をも平然と否定する「一途さ」は、彼らが忌み嫌うヒトツ鬼のスタンスと同じなのですが、自身の中の矛盾した思いに囚われ続け、葛藤しながらもそこでようやく人としての道を進むことができる。そんな弱さ故の正しさに辿り着きつつあるソノイ達を、ソノシ達はどう受け止めるのか。

 

はるかの漫画で泣くソノザ。前回までタロウ評価で25点レベルの作品しか描けなかったはるかがいきなり合格点を貰うのは急な気もするけど、ライバルが別次元の自分だと分かったことが自信につながったのか。それともタロウとソノザで評価の基準が違うだけで、同じ作品を見せたという事なのか。

 

ソノニはみほを庇ったり翼を庇ったりと大けがの連続でしたが、翼のポイントで助かりました。てか、いつの間にそんな溜めてたん?ボイコットの時一人だけ加勢してくれたのとか?でも科学鬼を庇って襲い掛かったりしてたしなあ。ポイント獲得の反転基準がようわからんち。

翼に対する好意を抱きつつも、愛を知りたいが為に彼の心を痛めつけることも辞さなかったソノニでしたが、大事な所で好意を抱く相手の気持ちに寄り添ってしまい、自らが傷つく羽目に。翼は翼で彼女の気持ちを察してしまい、彼女を見捨てることが出来なかったと。

てか、ポイントの代償設定って未だ生きてるんだっけ?はるかも猿原もなんとかなったし、その辺よくわかって無いんだよなあ。

 

雉野はもう壊れ気味。「今日はみほちゃんと何して遊ぼうかな」と宣ったり、駄々をこねながら犬塚に銃を向けたり、幼稚園児って感じ。はるかに対する年上アピール無意味すぎんよ。

誤ってソノニを撃って我に返り、ちゃんとヒトツ鬼と戦う所は彼らしい所だったと思います。

 

正体バレは死ぬほどあっさりでしたが、逆に46話まで引っ張られて今更重大事として扱われても困惑するのが正直な所なので、驚く間もなくなりゆきでってノリ戦いに突入ってノリで正解だったと思います。獣人の情報とか握ってる時点で驚きも何もないわけだしね。

久しぶりにアバター乱舞で仕留めたのもちょっと嬉しかったです。神輿とエンヤライドンもまたでないかな。ドンゼンカイオーの事はもう忘れたよ。