しがない感想置き場

特撮番組とかアニメなどの感想を投稿します。

暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン29話

ドン29話「とむらいとムラサメ」

 

脳人の異物混入式案内書伝送、カオリスみたいなことを言い出す虎ジロウ、井上ワールド全開のブラック企業、糸こんにゃくを食べる何も知らないソノイ君(タロウの妄想)、初恋ヒーローお札等、笑えるシーンはありましたけど、新情報の開示に終始した前振り感が強くて、そんなに面白いお話でもなくといった感じ。

 

ソノイの葬式にやってきたタロウ。思いを残さないようにと言いつつ、タロウの方はソノイともっと仲良くなりたかったという思いがしっかり残っていました。なんだかんだでよく互いを知り合う前に破局しちゃっただけに、友達になる前に友達を失ったという意味でも未練がある訳だしね。

 

マッサージを受ける途中で、タロウがドンモモタロウ化したように見えましたが、あれは役者のアドリブなのか、悪ふざけなのか、意味があったのか。この辺は未だに分からないですね。てか、分からないことが多すぎるぞ。アノーニについても良く分からないし。ヒトツ鬼に従っていたり、脳人に従ったりと行動がブレブレだし。

仮面ライダーギーツ 第3話

就活君、デザイアグランプリを「より良い世界に変えるためのゲーム」と好意的に解釈していますが、前回面接官が死んだのは既に忘却の彼方なんですかね。自分の腕の中で人間が死んだ(というか、見殺しにした)のがトラウマになっていて、彼を生き返らせる為に、彼が死ぬ原因となったグランプリに望みをかけるしかないという、葛藤や矛盾を抱えているというよりは、人の命が奪われる悲惨な戦いを褒めたたえているようにしか見えず、サイコっぷりをアピールするのに余念がありません。

第一、前回までビビって逃げ回っていたわけでしょ。グランプリに勝ち残って死んだ人たちを蘇らせたいという思いがあるのは分かるけど(その過程での死を肯定する悟空さ理論はどうかと思うけど)、前回まで戦いに物怖じして、見知った人を見殺しにした人間が勝機を見出せるわけがなくて、そうなると戦いに異議を唱えたりギーツ辺りに接触してグランプリを調査するなりして、少しでも犠牲を減らそうと務めるのが自然な流れだと思うんだがな。頼みの綱のブーストバックルだって、絶対に手に入る保証はないわけだしね。心の変遷模様がマジで分からん。

後、ライバル同士火花を散らし合っている様を見て、「仲良くしましょうよ」とかほざきやがるシーンはどの口がとしか思えなかったです。

 

セレブの人は何がしたいのか全然分からないです。束縛が激しい設定や、就活君の「望みは叶う」という言葉に「気持ちだけじゃどうにもならない」とつっけんどんだった割に、やってることは家出と称した動画配信活動で居場所を特定されるだけだもんな。本気で自由になる気も無い癖に、偉そうにされても困るんだよなあ。

てか、「金持が庶民に近づこうとするのが魅力」という就活姉のセレブ評ってなんか的外れだよな。本人の言動はともかくとして、毒親から逃げたがってる女の子の苦しみとして、もうちょっと深刻に捉えて上げないといかんでしょうに。

 

熊だかパンダだか知らないけど、顔のデカいライダーマジキチだと思います。セレブの人に「金がある」の一点で当たり散らしていた割に、てっきり面接官と同じでお金の問題で苦しんでいるのかと思っていましたが、脚を事故で痛めてバスケが出来なくなって鬱になっていたようです。ええと、それはつまりお金云々以前に体の問題だよなあ。お金の問題で解決できないことなら、猶更セレブの人の気持ちに寄り添えそうなもんだけどな。

てかさ、脚を駄目にしてバスケが出来なくなったのに、ライダーバトルなんて出来るの?ライダーの力で筋力が強化されているんだろうけど、身体能力に負い目があるなら、命のやり取りなんて猶更無理だと思うんですが。この世を滅茶苦茶にしたいとか言ってるけど、代わりにあなたの頭が滅茶苦茶になっているような。

 

主人公は影が薄いですね。一応頭が回る奴的描写は挟んでましたが、他の奴らのダメっぷりに圧倒されているだけで、抜きんでた個性を発揮できているとは思えないなあ。早速劣化天道劣化タロウまっしぐらって感じ。

暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン28話

ドン28話「ひみつのヒミツ」

 

青田武夫と伊集院瑞穂の会話だけで、ご飯が進む回。

 

「2度モデルをするのは初めて(飽き性の伊集院が再度モデルを務めた時の台詞)」とか「画家は見ることで対象を縛る」とか、パンチの効いた台詞が急所目掛けて次々と飛び出す会話劇の迫力に圧倒されっぱなしでした。ある程度バイアスが掛かっているのは認めるとして、自身の茶目っ気や哲学を、誰でもない己が言の葉に乗せて伝えることで、互いに存在感を発揮していたかと思います。こういう人達だからこそ、縁を見出し男女の仲に発展したのかもしれません。

 

ソノイの死後に、「芸術」について触れたのも良かったと思います。青田は伊集院を描きながら「画家は対象を縛っている」とか「僕だけの君が僕を通してキャンバスに現れる」と、モデルである伊集院を必要としながら、どこか彼女をないがしろにし、実在の彼女よりも絵の中の彼女こそ絶対と言わんばかりでした。伊集院の方も「どっちが好き?」と聞いていましたし、目の前の伊集院に対して自分の理想を押し付け、それをキャンバスに表そうとする、ソノイが言う所の「欠陥を塗りつぶそうとする虚飾」めいた態度があったように思えます。描くことで伊集院の事を「理解出来そうな気がする」と言ったのも、自分の理想を芸術作品として表現する過程で彼女をモデルとして観察することで、彼女の欠陥をも見つめているという、皮肉交じりの言葉だったのかもしれません。

そういう画家として、男としてのエゴを自覚していたからこそ、己の理想を表現しきれなかった絵を失敗作と捉えたのでしょうね。完全を求めながら、尚もその実態を見出しきれなかった男の愚かさと業の深さ。それを「大きな愛」として肯定的に受け止める犬塚の前で、青田の気持ちを汲んで絵を燃やす伊集院。丁度ソノイが「想いを残さないように」と言ったように、くすぶっていたやり場のない欲望を完全燃焼し、葬られることで誰にも明かされぬ「秘密」となった。ソノイとタロウの関係も、二人以外はロクに知らないもんね。来週以降掘り起しそうな気がしてならないけどw

 

一応触れておくとして、トラドラオニタイジンはゴーバスのロボみたいで正直微妙ですね。玩具の方は合体させると滅茶苦茶重くて良いのですが(戦隊ロボは一応ポピーの合金玩具の系譜として見ているので)、上半身が肥大化したのと、股間部が可動する関係で、持ち上げた時腰巻と腿で指を挟むところでした。小さいお子さんも大きなお兄さんも注意が必要ですね。

仮面ライダーギーツ 第2話

死ぬほどつまらない第1話からの、死ぬほどつまらない第2話。

ヤンマーニアクションも無かったし、見所(というか聞き所)が佐橋サウンドしかないというのが虚しいよお。

 

前回「世界が終わるよぉ・・」とビビり散らかしていた割に、デザイアグランプリへの参加を、これといった抵抗も示さず受け入れてしまう就活君。「蕎麦屋の大将が無事だったから大丈夫!」とのことですが、前回牛のライダーが怪人相手に出張ってたのに、平然と未来を諦めてしまった気弱さと釣り合いが取れないように見えるのは、私だけでしょうか。普通殴る殴られるの状況になったら、気弱な人間ほど物事を悪いように捉えると思うのですがね。

かと思ったら、その後は前回のビビりを発動して戦いに物怖じした挙句、面接官を見殺しにする体たらく。その上、自分で見殺しにしておいて、治らない病気持ちの子供を残して死ぬ無念を口にした面接官に「戦うしかなかったんですか?」って聞くの、無能サイコの典型って感じで、ストレートに感じ悪いもんなあ。

それを裏付けるかの如く、面接官が死んだ後のリアクションも、「ブーストバックルってすげー」とはしゃいじゃうし、自分を騙したギーツ相手に激しくキれるわけもなく、バックルに吹っ飛ばされて情けなく泣きじゃくるだけで、悪印象が順調に積み重なっています。前回の「人が死んだんですよ!」はなんだったのか。「俺が勝って蘇らせるからいいや!」ってDB理論なんですかね。あんなにビビってたのに。具体性のない世界平和願望、血の通わない言動、実戦での無能っぷりが合わさって、国連の擬人化って印象です。

 

面接官もなあ。前回やたら仰々しい物言いで就活君を諭した彼が、同じくグランプリの参加者だったというビックリ要素は良いとして、別にそれだけって感じだもんなあ。

「治らない病で苦しんでいる子供を救うために戦う」って願望も、ラストで「金が無くて治療できない」レベルの話だったことが明かされるもんだから、ライダーとして戦う戦わない以前に、何かしら手があったんじゃないかって思わなくもないんだよな。一応勤め人としてそれなりにやってるわけでしょ。まあ、後で書くけど本質は強制参加っぽいから、本人の自由意志なんて関係なさそうなんだけどね。

で、前回「人生は戦場だから曖昧な考えだと生き残れない」みたいなことを言ってたけど、気取った物言いをした割には、そういう言葉が出てくるような人間として描かれていた訳でもないよね。「病気の子供を治したい」という具体的な願望を彼自身が持たざるを得なくなったからといって、そういったスタンスが即「曖昧さ」を否定するという訳じゃないしね。子供の為にあれこれやってダメだったという経緯を描いたり説明するなりして、そうした挫折経験が曖昧な生き方の脆さの裏付けとして機能するよう掘り下げて、そうすることで彼の戦いの重さと、その戦いを間近で見る就活君のスタンスへの揺さぶりを描ける訳なんだけど、そういうのを一切放置して話を進めるから、上述のようなスッカラカンなやり取りが展開されるだけの、へなへな展開に仕上がるんだよなと。

 

主人公も天道だか門矢だかのパクリみたいな台詞を吐いたりとかっこつけたりしてるけど、自分がスターになった世界を作ってみたりと、なんかしょーもない印象の方が先立つんだよな。治療費を寄付したのも、単にスターとして金を持ってるからだろうしね。まあこの辺は今後の掘り下げ次第だけど、現状俗っぽさが際立つ、顔の良いパンピー程度の印象なんだよな。

 

デザイアグランプリだけど、これも良く分からない。

怪人の侵攻の記憶を消すのは良いとして、秒で街が復興したり人が生き返ったりする理屈は意味不明。これはそういう仕様なのか、色々理由があるのか分からないけど、最近のニチアサは記憶ネタの扱いがその辺の鼻紙に対するそれの如く雑だから、何とも言えないっす。

一番分からなかったのが、強制的に選ばれるもんだと思ってたのに、「何故参加したのか」って問いがポンポン飛び出てくること。とりあえず呼ばれたから以上でも以下でもない印象なんだけど、本人の自由意志の方に重点が置かれている感じで、設定と話の流れがどうにも噛み合わない。分からないことだらけな割に「世界を全く自由に変えられるわけではない」という例外要素も出てくるし、その上世界を変えても結局またすぐにゲームが始まってあれこれオジャンになっちゃうみたいだしと、惹かれる要素がまるで無いんだよな。人物描写はへなへなで、物語の舞台設定も話に興味を持たせるほどに魅力的に扱い切れている訳でもないと、結構ボロボロなスタートダッシュだと思います。ライダーが水道管で怪人殴っても、別にかっこよくないしね。

仮面ライダーギーツ 第1話

あの「リバイス」よりも壊れた作品になりそうという私の不吉な予想を的中させるように、只管眠気ばかりが襲ってくる強烈無比につまらない第1話でした。「ドンブラ」が目覚ましなら、「ギーツ」は子守歌ですね。

 

好みと言えばそれまでですが、自他による論評と、本人の言動が殆ど噛み合わない人物描写はとにかくアカンです。「人の役に立ちたい」「可哀相な動物の為に募金をした」と奉仕キャラっぷりを台詞でゴリ押す一方で、「遊んで暮らしたい」という本音をポロリと漏らし、その後も上述の個性を補強するような描写は一切描かれない就活生君とか良い例だと思います。アホ丸出し且つやたら攻撃的なリアクションも含めて、今作の永夢・或人ポジはこいつなんだなと嫌な汗をかかせてくれる人だったと思います。正体不明の怪物が街を蹂躙する一方で、呼応するように正体不明の怪物ハンターが現れ応戦するという状況下なのに、一方的に「世界は滅びる」と絶望する様も、個人の感性ゆえの反応というよりは話の都合でそういう態度をとっているとしか思えなかったしね。

お姉さん役の人の妹さんが演じている鬼頭はるかは、まず漫画家として自分のエゴや名声を満たしたいという私欲塗れの性質を強調した上で、理不尽に翻弄される他人の苦しみを前にそれを背負いこもうとする気概(それは彼女の危うさでもある)を発揮して見せたことで、自分が好きだからこそ我欲と誇りの両方を取ろうとするし、その為に危険に陥ることが多々あるというキャラクターが成立していますが、就活生君の場合はまず「世界平和」とか「人の役に立ちたい」という奉仕精神だけが前面に出され、且つその為の具体的な道筋を持っておらず、でもって遊んで生きていきたいというエゴも見せてくるので、キャラクターを整理するのにこっちが手一杯で、最終的に何がしたいのか分からない人格迷子な人という感じで、今からがとっても不安です。

 

配信者の人も、「セレブなのに庶民派に成ろうとするところが可愛い」という姉評に対して、後はひたすら怪人から逃げ回っているだけで、何処が可愛いのか全く分かりませんでした。(役者さんは美人だと思いますが・・。)

金持ちが庶民になろうとするなんて、普通に考えたらイヤミでしかない行動を、姉の言うように如何にチャーミングな行動として描くかが肝だと思うのですが、そういう配慮がまるで無いのは如何にもだなあと。

 

他のライダーとはちょっと違うぜ的主人公ギーツの活躍も、ライダーの中では最初から彼ばかりがダラダラとクローズアップされるので、彼が活躍するという後半の展開が全く盛り上がりません。

「ドンブラ」の第1話でのタロウの活躍が映えたのは、他の戦士がへっぽこ且つ、はるかが憧れたソノイの本性が描かれた上で、事態を好転させる為に現れた正体不明の戦士という立ち位置だけではなく、その前にタロウの人間性を奇行も込みで見せた上で、彼の名前をキーワードとして話を回したことで、その時点で正体不明の戦士であるドンモモタロウとの接点を紡ぐことで、謎の新戦士のインパクトを補強していたと思うのですが、ギーツの場合は、ダラダラと変身を引き延ばす彼の打算的な振る舞いで以て描かれたこともあり、ヒーローの頼もしさよりも、ある種のこざかしさだけが募っているような感じで、どうにも安っぽさが付きまといます。

 

シリアスな雰囲気を出そうとする割に、頭数ばかり多くてキャラが薄い登場人物が、ダラダラと会話をしたり逃走中したりするだけのカオスな内容で、どことなく仮面ライダー剣」の第1話を思い出してしまいました。

「剣」の場合は「クウガ」~「555」の後ということもあり、作品ごとの好き嫌いこそあれ、一定水準のレベルを保っていたシナリオが突然どん底に叩き落とされたような落差の激しさも込みで、ある種の個性として今尚語り継がれている訳ですが、今作はあの「リバイス」の後なので、レベルがちょっと落ちたかな程度の印象なのがおつらい所。「アギト」を思い起こさせる佐橋サウンドと、ギーツのガンカタがかっこよかった位かなあ。ヤンマーニ流したら合いそうだよね。

恐竜戦隊ジュウレンジャー 第47話~最終話

第47話「突入!! 最終決戦」

2度目の守護獣大行進シリーズの販促回。ちょっと太った高橋一生も出てくるよ。

瞼をぴくぴくさせながら地球に近づいてくる大サタンがちょっと好き。かゆいのかな。

 

第48話「闇からの息子」

前回に続き顔芸披露に余念がない大サタン。顔しかないから仕方ないね。

ゲキの発案から、犠牲者を出さない為に子供が乗ったドーラタロスを敢えてボコしてたはずが、究極大獣神が必殺技を撃とうとした途端にメイがひよりだすのがちょっと理不尽な気がしなくもないなあ。あんたの相棒普通にビーム撃ってたで。

キングブラキオンを信じて必殺技を放つゲキについては、「他に手が無いから」という消極的な意味合いでの信頼しか感じられず。結城凱の「俺を信じろ!」と違って、話が重ねるたびに信頼ゲージが下降する仕様だもんなあ(笑)

恐竜に追い回されて死んだはずの息子カイが大サタンの使いとして現れたことで、恐竜だけでなく息子以外の子供達にまで恨みを抱く、我が子を失って狂った母親としての実態が露わになるバンドーラ様。第5話の伏線回収といった感じですが、子供虐めがただの趣味じゃなく、彼女なりに背景があったのは良かったと思います。生前のカイも恐竜の卵を破壊して遊んでみたりと、これまでのKSGKゲストに負けない存在感を発揮しており、視聴者に好かれない子供像を描き出すことへの強烈な拘りを改めて感じさせます。色々言いながらも、子供を必ずしも大人にとって都合の良い存在として捉えない作風自体は嫌いではないんですけどね。

 

第49話「神が負けた!!」

さとしくん「僕も死ぬんだ。恐竜の赤ちゃんが生まれないから。」

大好きな恐竜が滅んだことで生命の脆さに絶望した病気の少年を勇気づけたいなら、ゲキ達が「俺たちは恐竜が進化した恐竜人類なんだ!」と衝撃カミングアウトでもすればいいのにね。あの狂気の設定ってこういう時の為にあったんでしょ?

大獣神が倒れた後で「変身出来ない!」「そんな!」と今更のように驚いている皆さんですが、元々守護獣のパワーで変身している人たちなんだから、そりゃそうでしょとしか言いようがないんだよなあ。

自称「悪魔の子供」でバンドーラの抱擁を只管拒むカイですが、それでも「ママ」呼ばわりなのね。よくわからんなあ。

ブライと折角再会したのに、台詞が「ガンガレ」位なのがなあ。一応死んだ人間だというのに、平然と会話を始めるというのもどうかと思うしね。その割には、魔法界の入り口として出現したドアに対しては「なんの変哲もないドアじゃないか・・・・。」と態々ツッこむ始末だから分からないよな。死んだ人間が目の前に出てくることよりも、パラレルワールドへの入り口がそれっぽくないことの方が、ゲキ達にとっては驚愕だったというのがなんともへなへなでとほほな空気にさせてくれます。

ゲキ達のチームワークをマンセーするブライも、彼らのチームプレイがブライの心を動かしたっていうのは無かったと思うんだよなあ。死んだ兄貴であり仲間ありが現れて励ましてくれるという胸熱展開なのに、あくまでもノルマ消化的に出てきておしまいみたいな感じなのはいただけません。

 

第50話(最終話)「恐竜万歳!!」

いつもは尺余り気味な本作ですが、最終回は足りな過ぎて色々gdgd

話の都合でバーザが有能に。呪文云々抜きで、ちゃんと杖を出してボーイたちの窮地を救ったのは少しかっこよかったです。

尺の都合で瞬殺された大サタン。結局顔芸しかしとらへん。

カイは母親に甘えたかったのか大サタンの息子として孤高を貫きたかったのかどっちだったんでしょうね。顔芸おじさんが破裂したことで憑き物が取れたという事なんでしょうが、一個のキャラとしては大分退屈だなあ。バンドーラ様の背景を説明する為に出てきた手段以上でも以下でもない扱いというか。

割と悪逆非道を尽くしてきたバンドーラが、一人息子を2度失って死に場所も与えられないというオチはぱっと見因果応報してるけど、ツボの中でグリラミjrを見てキャッキャしてるのを見てるとなんだかなあとは思う所。息子を失って道を踏み外した母親の心の変化を描くドラマとしては、大分雑だけど良いのかなあ。バンドーラ様が主役みたいなもんでしょこの作品。

しかしこのjrの件って、ラミィスコーピオンの設定を忘れてたらただの獣姦でしかなくて、記憶力が弱い男児達の頭に変な文化を刷り込んでしまった気がしなくも無いぞ。

病気の子供は結局生きながらえてました。ブラキオンが復活したのを見て気力を取り戻したのかな。尺の都合とはいえ、ずっとこの子の病気ネタを引っ張ってきたんだから、ジュウレンジャーの戦いとリンクさせて彼の奮起の姿を描くべきだと思ったけど。恐竜の赤ちゃんが生まれたのを見て「これで僕も元気になれるんだ!」と今更思い直してる所も微妙だしなあ。峠は越えたんでしょうに。

恐竜の赤ちゃんの世話を子供に丸投げするなYOOOO

結局「命は死んでも新たに生まれ変わって永遠につながる云々」って大獣神の主張は何だったのかよく分からずじまい。バンドーラが改心したのを見ると、ラミィの子供にカイの面影を見た=生まれ変わり成立!ってことなんだろうけど、赤ちゃんがバブバブ言ってるだけじゃ全く伝わらないもんなあ。

暴太郎戦隊ドンブラザーズ ドン27話

ドン27話「けっとうマジマジ」

 

Blu-ray発売は9/14。皆も買おう!

(DVD売ってる所見たことねえよ・・。)

 

水中宣戦布告、DQNおばさん相手にたじろぐ一方のタロウ(辛い強さ持ち)、DQNおばさんへの手の甲キス、唐突過ぎる獣人と忍者→魔法おじさん交えての大乱闘(平気で魔法に鞍替えする辺り、所詮タロウが言うように忍者「ごっこ」でしかなかったというのが最高の皮肉です。)、そして風流人よりも風流してる喩話からしれっと脳人の解説に入るシーンなど、狂ったような場面が続き、終始笑いながら観ていました。ムラサメについてはよくわかりませんが、ソノイの体を回収したりと、なにやら色々やらかしそうな気配がします。

 

ソノイは必死の相打ちを見破られてあっさり負けたりと気の毒な扱いでした。「相打ちを目的とした剣に勝てるのか?」というタロウの問題提起がさらっと流されてしまった感じで残念でしたが、そんな疑問も霧消してしまう程の強さがタロウの言う辛い強さなんでしょうかね。特訓をしないのも、最強だから伸びしろが無いというのことなのでしょうかね。

 

相打ち目的のソノイが「勝っても相手に想いを残さないようにしよう」と提案したのは何故だったのでしょう。タロウへの気遣いか、それとも相打ちこそ、相手を倒しても尚思いを残さない方法として捉えたからでしょうか。何分、卑怯な手を使ったとはいえ、作戦勝ちで倒したタロウを態々復活させる男ですしね。タロウの野暮なツッコミが入って最後(?)まで格好良く決まらない二人の関係でしたが、ここで終わるのももったいない気がするので、ムラサメの行動に注目したいです。