しがない感想置き場

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仮面ライダーキバ 第6話

 

 第6話「リプレイ・人間はみんな音楽」

恵に気を取られた名護は、キバの逃走を許してしまう。キバを見たか否かを尋ねられた渡は、馬鹿正直に自分を指さすも、当然の如く相手にされない。

逃げる位ならその場で説得すればとも思うのですが、弟子として問い詰められた以上、嘘をつくことはできなかったということか。

 

その頃、恵は蜘蛛ファンガイアから結婚を迫られていた。かつて麻生ゆりに敗れてMに目覚めたのか、そのまま彼女を愛した蜘蛛ファンガイアは、娘から母親の存在を感じ取り、恵をゆりとして花嫁に迎えようと考えていた。羊ファンガイアはその下僕として働いていたようだが、自身も恵に執着する為、彼女を放っておけない渡に協力を求める。

 

恵を救うため身代わりを引き受けようとする渡だが、蜘蛛に殴り飛ばされて気絶。羊の方も敵わないと見て逃走してしまう。

蜘蛛に囚われた渡は自分自身の無力を嘆くが、諦めない恵は、かつて母が残したペンダントを見つけ、それを用いて身を縛るロープを切ろうとする。

窮地に立たされても尚も諦めない恵の強さを前に、渡は彼女の強さの源を尋ねる。

恵「昔、母さんが言ってたの。人間は皆、音楽を奏でてるって。私は、自分の中の音楽を守りたいの。そして、皆の音楽を守りたい。」

渡「人間は・・・皆、音楽・・・。」

渡にとっての恵は、壁でもあり憧れでもあるので、素直に甘えられる存在ではないのですが、彼女が強くあろうとする根底に「音楽」という渡が目指す生き方と密接に関わる言葉が出てきたことで、単に「現実」を象徴する存在から、同じ人間として意識され、親しみを抱く対象としてシフトしつつある。

「人間は皆音楽」という考えもまた、厳しく遠い存在として意識された社会や他人との距離を縮め、渡が他者と接する足掛かりとして機能しそうです。

 

そんな二人を前に、ドレスを持った蜘蛛ファンガイアがいよいよ現れるが、銃を構えた羊ファンガイアの襲撃を受け逃走する。

羊「ざまあ見ろ!恵さん、あなたは僕の花嫁だ!」

主人にビビった下僕が、恐怖を乗り越えて主人から大事なものを取り返した逆転劇なんでしょうけど、そこに纏わる葛藤や怨嗟等が殆ど描かれないのもあって面白くありません。

そもそも、ファンガイアハンターのゆりにやられて逃げた蜘蛛に、同じファンガイアハンターである恵を余裕でさらった上に、キバをも圧倒した羊が恐怖を感じる理由が全く見えてこないという、土台のズタボロっぷりが目に付きますし。

ストーカー羊とキチガイ蜘蛛というキャラクター自体は悪くなかったのですが、その動かし方があまりに雑で、余計にがっくりくるのが痛い。

 

ゲスト怪人のキャラが前面に出た作りになっており、そういう意味では平成ライダーというよりはシャンゼリオン」っぽくて一見面白そうなのですが、実際はゲスト怪人を巧く扱えているかと言うとそうでもなく(;'∀')

 

羊から恵を取り返すため、渡は彼女の「音楽」を聴こうとする。

そして、居所を突き止める

 この辺は後に明かされる(というよりは、児童誌等では既に公表済みの)渡の出自の伏線めいた意味合いが強く、おそらくただの人間であるゆりや恵、そして「言い出しっぺ」とは違い、渡の場合は比喩的な意味合いではなく、本当に「音」として恵の鼓動だとかを感知してしまうと。

そうした非人間的な特性を、恵から教わった「人が奏でる音楽」という言葉によって、人間的特性の範疇として捉えているというべきか。

 

恵を食べようとしていた羊はブチ切れて高速移動&発砲でキバを追い詰めるも、結局バッシャーフォームになったキバに射殺される。

 

恵を取り返した渡は、彼女の前でバイオリンを聴かせる。 渡が自分以外の人の前で演奏を成功させたことに喜ぶ静香。渡を見直す恵。渡の方も、「僕も聞かせてもらいましたから。恵さんの音楽」と笑顔で返す。

厳しい現実の中に自分の居所を見出した、紅渡の第一歩というべき内容。

 

1986年

ファンガイアハンターの組織名が「素晴らしき青空の会」と発覚。うさん臭そう。

音也はゆりと傍にいたい気持ちから入会を希望し、会長の嶋はゆりを助け出せたら入会を認めると約束。

ファンガイアの居所を探り当てた次狼の「惚れた女の為に命をかける男は嫌いじゃない」という粋な心意気を受け、出陣。そして蜘蛛ファンガイアに捕まる。

しつこく自分につきまとう音也を疑問視するゆりだが、音也は「人間はな、皆それぞれ音楽を奏でているんだ。知らず知らずのうちに、心の中でな。俺はな、お前の中から聞こえてくる音楽が好きなんだ」とゆりへの想いを吐露。

さしたる目的もなく、一日をいい加減に生きる音也と、特定の目的を持った組織に所属し、その中で一心不乱に打ち込むゆりとでは生き方が異なるのですが、音也の語る音楽というのは、そういった人間の生き方や主体性を指しているのでしょう。

第2話でバイオリンファンガイアと戦うゆりを見て「なかなかやるな」とほほ笑んだ時から、音也は「彼女の音楽」を聴きとったのでしょう。

そして、そんな音也がどうしてゆりの為に命を張るのか、なのですが、音也にとってゆりは憧れの対象でもあり、そしてそんな彼女を守る為に命を張るという行為から、価値あるものを守れる強い自分、意義のある人生といった「充足」を得ようとしている節が見受けられ、良くも悪くも、ゆりという女性を通じて音也は空っぽな人生を埋めようとしているというか、言ってしまえばその為にゆりを利用しているわけで。

そんな音也だが、結局は狼男の正体を持つ次狼に助けられてしまうという良いとこなしっぷりで、この頃はなんだかんだ扱いが3枚目。