しがない感想置き場

特撮番組とかアニメなどの感想を投稿します。

仮面ライダーキバ 第19話・第20話

第19話「フュージョン・オーラの嵐」

第20話「夜想曲・愛の救世主」

 

自分で始めといてアレですが、今までの形式だとダラダラ文章を書いてくのが無駄にしちめんどくさいだけなので、ちょっと変更。

始めた手は気合を入れるけど、すぐ飽きが来るよくあるダメな例というか、基本怠けものなんだなあ自分。

 

〇過去編
紅音也
ゆりを導き、見ず知らずの女性を助ける為に命を張る男らしさと、一方で真夜を前に上がってしまった情けない一面が印象的。
女性を前に崩れることの無かったカッコイイ音也像がちょっと動揺を始めるというのが好きな点。
ゆりに語った「自分の弱さと向き合え」というのは、目的を持って日々を生きるゆりにそう言う事で自分を強く見せたいという音也の「ごまかし」の意図もそれとなく含まれているんだろうなあ。

 

麻生ゆり
母を殺したルークを倒したいという気持ちと、ルークの強さへの恐れ。二つの感情が重なり、イクサを使って勝てなかったらどうしようという不安がゆりを苦しめる。
そんな弱さを自覚したことで、今まで邪険に扱ってきた音也の肩で泣くというのが一歩を感じさせる所。
次狼のようにゆりの代わりにイクサを操り苦痛を背負い込む自己犠牲の強さがきっかけになったわけではなく、あくまでもゆり自身の内面の問題という根本的な課題が見せつけられたことが大きな違いで、自分が弱点を知るきっかけを作り、尚かつそれを知っている音也に感謝や連帯感を覚えたのでしょう。
それがやがて、女性として紅音也を愛するまでに至るというのが今後の流れ。

 

〇現代編

紅音也(渡に憑依ver)
渡の肉体を使いこなし喧嘩に圧勝する、恵を導く等、強そうで偉そうなキャラクターを再度強調。
喧嘩が勝つっていうのは、音也の表面上のスキルの高さの表現としてはアリ。まあ、いうて第3話でもやってたことですが(;^_^A
ただ、時間を超えて魂が別の肉体に宿るって展開自体にあまりひねりを感じず、ゆりが弱さと向き合う過程に合わせる形で恵にも同じことをさせようとした結果、安直な展開になってしまった印象(;^_^A
ファンガイアと戦うキバが、どこまで渡の人格で、どこまで音也だったのかが分かりづらいけど、戦闘後も逃げた怪人を前にマイペースに徹していたのが、別の場所で恵達を襲う姿を前にして「この時代にもファンガイアが」って言ってる辺り、キバとして戦っていたことには気づいていなかったのか。


麻生恵
恐怖心で足が動かないとかいう鹿鳴館香ネタ。
ファンガイアを倒す為にイクサを求めるが、イクサを使っても勝てなかったらという根本的な自信の無さが恵にはある。
名護に食ってかかる割に、そんな相手に飯を奢ってまでイクサを求めたり、割かし情けない人でもあるしねえ。
母親の志を継ぐと言うのも、半分は自分の弱さを母親に寄りかかることでごまかそうとする心理も働いていそうだし。
そんな自分の弱さを認め、その上で全力で敵に挑むことで、名護に対する「それ(イクサ)はあなたのものよ。今はまだね。」という言葉が潔く聞こえ、何気に好きな場面。


襟立健吾
渡を虐める不良3人を殴る蹴るして追い払う辺り、音也と同じく喧嘩は強い様子。
渡を助ける友達としての顔だけではなく、戦士としての素養という伏線の意味もあるのか。