しがない感想置き場

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王様戦隊キングオージャー 第26話

「ギーツ」が終わったようですね。最後に観たのいつだっけ・・・。

 

気持ち悪い番組だなあと思いました。

平素からつまらないのに、そこに薄っぺらい「シャカイハ」要素も加わった日にゃ、拷問器具以外の何物でも無いんですよね。

第1部完みたいなので、そろそろ打ち切ろうかな。

 

デスナラク相手に説得めいたことをしながら、必殺技を叩きこむギラ。毎回思うけど、説得しながら殴る蹴るする人って何を考えているんだろうね。

まあ、あくまでギラは「これ以上戦いたくないから」という、至極消極的な理由で行動しているだけなので、デスナラク本人の命なんてどうでもいいと思っているだろうし、言う事聞いてくれたら儲けもん位の軽いノリだったのだろうけど。

 

シュゴッドの守りを他所の国の王様に任せてジェラミーとバグナラクの根城ツアーに赴くギラ。何を考えているのか全く分からないよな。

蜘蛛の子の本心を知りたいジェラミーが、通訳として同行させたようだけど、見た感じ彼の目的を知った上で着いてきた訳じゃ無さそうだったし、目的も分からないまま、国を他人任せにする王様とか嫌すぎるなあ。

てか、ジェラミーもジェラミーで最初から用事を説明しなよと。もったいつけた物言いは相変わらずで、成長の跡が見られない。

 

「バグナラクの遺伝子情報はかなり人間に近い」とのことです。

衝撃の事実みたく扱われている情報だけど、S〇X出来て子供まで作れちゃうんだからそりゃそうだろとしか言いようが無いんだよな。

まあ、一応この番組は「子供を対象に作っている」と脚本家の人も言っていたので、大人の見方なんてどうでも良いのだろうけど、それにしたって、子供が「遺伝子情報」なんて言葉にピンとくるかと言ったら、そんなわけないだろうしね。

背伸びしたような台詞回しもそうだけど、大人にアピールしたいのか、子供に向けて分かりやすくお話を展開したいのか、どっちなんだよって思うよね。

 

蜘蛛の子を食べられないデスナラク良い奴論。でも君、同族を虐待してたよね?差別主義者ってこと?

確かにサナギム達と蜘蛛の子なら、まだあの蜘蛛の子の方がカワイイとは思うけど、同じ境遇を生き抜いてきた同胞には優しく出来ないってどういうことなんだろうね。善意溢れる怪人が人間への憎悪に呑まれておかしくなったと言わんばかりの割に、復讐の為の力に繋がる蜘蛛の子捕食は躊躇するというのも良く分からないんだよね。

これも今更だけど、全体的に本作におけるサナギムの扱い酷くないか?前作のアノーニも中々だったとはいえ、こっちは一応「国民」として尊重されてるべき立場な訳でしょ?出る傍から一切の容赦なく殴られたりとか、虚しすぎやしない?

 

後、デスナラクの境遇に全く共感できないんだよね。前にも書いたけど、暗闇の中で過ごしてきたみたいなことを言ってるけど、全部が全部説明的でイメージがつかないんだよ。ただ「俺も苦しかったんだー」と騒ぐだけで、その苦しみの実態がハッキリ描かれていた訳でもない。彼への同情を誘うような展開にしている癖に、彼がどんな風に生きてきたのか、こちらに一方的に判断させようとしている。でも、それを情感たっぷりに想像できるほどの描写も情報も無いから、結局「デスナラク=差別主義者」という印象しか生えてこないんだよね。

 

デスナラク短命説が唐突なのは許すとして、その合間に挿入されるゲロウの自分語りがクッソデリカシー無くて泣ける。この王にしてこの家臣だね。

 

デスナラクVSジェラミー。弱ったデスナラクをボコしまくって、「俺が王だ!」とイキり散らかし。「覚悟を決めた」と言いながら、説得するのも中途半端なヤツって印象しか芽生えないわ。

 

「先に手を出したら悪とか、勝ったら正義とか、全部間違ってる!本当に大切なのは、どっちが先に謝れるかだ。ごめんなさい。」

「滅茶苦茶にされた。それは許せない。でも、僕たちもバグナラクを倒してきた。」

「人間を舐めるな!たとえバグナラクが勝っても人間は必ず立ち上がる。何千年かけても復讐する。バグナラクも人間も、同じなんだ。」

「だから、ここで終わらせる。ごめんなさい。」

一連のギラの台詞だけど、安っぽ過ぎて目が点になるんだよなあ。

どっちが先に歩み寄るかどうかとか言ってたけど、ラクレスに対して「こいつは許せない!」とヘイトを向けて続けてきた訳だよな。彼の内面や事情を把握しようとすることもなく、一方的にキレただけ。昔の記憶を思い出して以後は軟化したけど、それだって単に情に流されていただけだし。

そもそも、侵略された側の人間が、それも王様が、こんな風に安易な謝罪をしていいものなのか?侵略されたことが許せないし、滅茶苦茶にされない為に戦ってきたからこそ、その戦いには他者を殺める負の部分以上に、正の部分が見いだされる訳でしょ。是々非々はあるけど、総体で見たらそれは「正」なわけだから、自分達の行いを謝罪をするっていうのが理解できない。謝って済む問題でもないしね。

要は、単に自分達の負担や犠牲を避ける為に、ポーズの上での謝罪をしているだけなんだよな。「お前らが勝っても人間はお前らを許さない」とか、どう聞いても脅しとしか思えないし、口では謝罪の言葉を発しながら、本心は何処までも威圧的というのが、凄く嫌な感じ。

それでここまで言って、手をついて詫びる訳でしょ。「はいはい。謝れば良いんでしょ謝れば。」みたいな感じというか。これで仲良くしたいと相手は思えるのだろうか。憎しみの炎って、そう簡単に消えるのか?そして、ポーズだけとはいえ、侵略されて滅茶苦茶にされたとか言ってる人が謝罪をすることが和平への道だ!みたいなノリで話を進められても、こっちとしては「なわけあるか!」って訳で。

 

戦いの連鎖を止めると言いながら、結局平然とカメジムと戦うギラ達。なんだかなー。仮にカメジムに近親者が居たとして、カメジムの近親者がまた復讐する訳でしょ。この人達、自分らがノリノリで何をくっちゃべってたのか忘れちゃったのかな?

「侵略者を殺してごめんなさい」とか気持ち悪い謝罪をしていた癖に、下の根も乾かぬ間に侵略者を切捨てる。ギラの謝罪が如何に浅薄なのかが良く分かります。

いや、殺生に対して後ろめたい気持ちを持つのは当然だけど、その気持ちを表面上の謝罪だけでなんとかしようってのがおかしいんだよな。前回も例に出したけど、乾巧の「戦うことが罪なら~」っていうのも、戦いによる負の部分と向き合い続けるという意思の表明であって、許してもらう云々の話じゃないんだよな。

 

 

ここからは、割と長めの愚痴と言い訳。

 

結構前から本格的に本作の視聴と感想の執筆(殴り書きとか言わないで)が億劫になってきているけど、第2部突入何て言われても、期待も不安もなく、ただこの停滞した感覚が後半年分続くのかと思うと、がっかりの一言です。キョウリュウジャーのコラボ云々だって、好きでもない作品のキャラが参戦したところで心揺さぶられることなんて全くないし、本当にどうでもいい展開の繰り返しでため息が出ます。

 

「嫌なら観るな」は正論だと思いますし、私自身、その考えに従って視聴を切った作品は星の数ほどあります。

ただ、たまにそういったアレな作品の中でも、「これだけは見届けよう」と思えるものもあるのは確かです。どういった作品がそれに該当するのかは自分でも分かりませんが、「キンオー」については、どんなオチであろうと、TVシリーズだけは全部観て、その上で是非を述べたいなと考えています。

 

しかし、この作品を観たり感想を書く中で、「もっと時間を有効に使えたんじゃないか」と後悔したり、視聴の前に「俺のやってることは正しいのかな」とさえ自問する日が多々あるのも確かです。1週間の何日かを「ああ、未だ観てないな。早く観ないと。くっそ、TV〇r広告長すぎるんだよ・・・・」と、焦燥と不満に駆られながら作品に向き合うのは、正直言って苦痛以外の何物でもありません。

毎週日曜日9:30が楽しみで、リアルタイムでの視聴と録画の見返しはほぼ欠かさず行い、玩具や映像ソフトを買い漁り、ほぼ生活の中心になっていたと言っても過言ではない前作と比べると、心理的な落差は予想以上に大きいです。前後で作風や内容に差があるのは戦隊シリーズあるあるですが、ここまでその差が自分に響いたのは、正直な所今年が初めてです。

 

「嫌なら観るな」で割り切ろうにも、どこかで観ないと後悔する自分も居て、それでもやっぱり観るのが辛い。めんどくさい人間だよなあと、我ながら思います。

 

で、本作の子供人気について、シナリオライターの方がアンケートをとっていたので、私の想像上の子供の意見を乗せておきます。頭おかしいと思うでしょうし、当然全く参考にはなりませんが、俺の中の子供はこう言ってんだい!ってことでご容赦を。

・巨大な虫ってのが違和感(前にも書いたけど、虫は小さいから良いんだよ!)

・色彩が暗い(カラフルで目に鮮やかなのも戦隊シリーズの強みだけど、あのCG世界からスーツの色合いから何まで、暗くて地味でいかんぜよ。)

・主人公がよーわからん(いきなり叫んだり、かと思えば弱弱しかったり。それでいてあまり主体的に動かないから、頼りないイメージがある。)

・悪の怪人が地味で、何と戦ってるか分からない。