しがない感想置き場

特撮番組とかアニメなどの感想を投稿します。

仮面ライダージオウ EP06「555・913・2003」

 

ソウゴ曰く、民を分け隔てなく守るのが王様の「使命」ということですが、王様における人助けの要素が「使命」でしかないのなら、彼の王様になりたいという「夢」は何に立脚しているのか。※

大金持ちになりたいとか、ハーレムキングになりたいとか、そういうことなのでしょうか(;^_^A

 

555メンバーに関しては、井上カムバックとしか言いようがありませんでした。

本編を知っている人から見て、これぞ巧だとか、これこそ雅人だとか思える描写が全く存在しません。

巧の世界中の洗濯物を真っ白にするのが夢というのも、言葉以上のものが感じられませんでしたし、そもそも「仲間だから」という理由で雅人を助けるのも勝手にまとめすぎだと思います。本編での巧は一個の傷を負った人間として雅人を救おうとしていた節がありましたし、井上脚本でやるならまだしも、一切関わりのない下山脚本でやられると納得がいかない部分があります。

流星塾生の情で事件に関与していた雅人に関しても、本編では(精神上はともかく)成長した自分が中心となれる場所として流星塾を認識していたきらいがあるので、そういう根っこの部分を描かずに行動させるので、単なるちょっと情に厚い人の域を出ず草加雅人である意味がないと思います。

今回の描写だけじゃ、何故巧と雅人が嫌いあっているのかが分かりませんし、表層の部分をなぞって555っぽくしたという印象しか抱けません。

 

※追記

言葉足らずになってしまったので追記を。

人助けが「使命」だとすると、EP01での

「世界を全部よくしたい、みんな幸せでいてほしい。そう思ったら、王様にでもなるしかないじゃないか」

の台詞と噛み合わなくなります。

「人を救いたい」という思いがあって、その手段として「王様になろうとする」のですから、人を救うという行動は王様に「課せられたもの」として語るのではなく、王様だから「できること」として能動的な意味合いで位置づけるべきでした。

 

最も、今後の展開次第で転ぶかもしれない要素なので、現時点で否とすべき事柄とも言えないのですが、ソウゴのキャラクターの軸が見えないという意味で感情移入が難しいところです。