しがない感想置き場

特撮番組とかアニメなどの感想を投稿します。

仮面ライダーエグゼイド 第31話・第32話

 

第31話「禁断のContinue!?」


第23話で「あなたは本当はゲームを愛する人間だから改心できます(意訳)」とか言っておきながら、「命が大切って言う当たり前の事もこの人には理解出来ないんだ。」とぼやく永夢(;^_^A

その当たり前の事に反するようなことをした人間をどうして信じたのでしょう。


母親の病とライダークロニクルとの関係についての質問へのナルシズム全開な黎斗の回答を受けて黎斗に失望する永夢なのですが、病で苦しむ母親をデータとして保存したというのは事実ですし、元の病が完治するかも分からず「母親を蘇らせたい本心を隠して強がりを言っている」という可能性も否定できません(永夢の言葉を受けて、真顔で応対しているというのもその推測を助け得るポイント)


一方的とはいえ、今まで患者の心理を読み取ってきた永夢がこの程度のことも類推できないというのはおかしな話ですし、第23話で黎斗の善意を信じたのもどこまで本気だったのか。

 


永夢「コンテニューであなたが手に入れたのは自分の命じゃない。罪を償う機会です。」(自分が棒立ちしている傍らで、体を張ってポッピーを「命として」守った黎斗に対して言った言葉)

 


残りライフが90何個あろうとも、まがいなりにも体を張って他者を守った存在に「命」を見出さないというのも強烈なのですが、問いたいのは永夢にとって償いとは何なのかということ。

 

他者の命を奪ったからこそ自分の命で以て罪と向き合うという理屈なら分かるのですが、罪を償う罪人の中に命を見出さなかったことで永夢の語る償いが空疎に聞こえ、同時に犠牲となった命への認識それ自体も実は浅薄なのではないかという疑いが生じる始末(;^_^A


最も、「善意と善行を積むことで命が生まれる」という考えがあるのでしょうが、元凶として暴れまわった「人間」黎斗の中に「命」を見出し、生かそうとしたかつての姿はなんだったのか。

 

命の本質をどこに置くかが非常に曖昧になってしまい、バグスターの場合はどんなにその性格が善良であろうとも、善良さの証明をしない限り命として認識されないという永夢の線引きが今後の行く末を心配にさせる回でした。

 


第32話「下されたJudgment!」

 

飛彩は父親の背中を見てドクターを志したということですが、見たかったのは人の命を救う父親の姿を見て、飛彩にとって医者として人の命を救うということが何を意味したのかということなので、どうにも煮え切らず。

 

 必死になって救うから、人助けに価値を見出したとかではなくて、なぜ命を必死になって救うのかという部分に触れてほしかっただけに残念。